第1回場を生むデザイン賞「奨励賞」を受賞されたdoors yamazoeのオーナーである長光宏輔さんと空間デザインをされたやぐゆぐ道具店の鈴木文貴さんにお話を伺ってきました。

写真:西岡潔

doors yamazoe 長光宏輔さん

doors yamazoeの長光さんのご紹介。

1979年大阪生まれ、大和郡山市出身。大学卒業後、東京の広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターとして勤務。2014年34歳のときに奈良に戻り、事業主としてスタート。2019年「INtoOUT&Co.」に屋号変更し、現在は、アートディレクター/デザイナーとして、グラフィックデザイン・パッケージデザイン・サインデザインなどを手がけられています。東京でデザイナーとして活躍されていた長光さんは、30代後半から40代をどのように歩むかを見据えだします。そこで、人と人との距離が近い場所で仕事がしたいと考えるようになり、奈良に戻る決心をされたようです。当初は奈良の中心部を拠点に仕事をされていましたが、しばらくしてから自然に囲まれたところに拠点(住まい兼仕事場)を移したいと考えるようになり、綺麗な水があることで有名な山添村に関心を持つようになりました。山添村は奈良県の北東部に広がる大和高原にあります。知人を通じてネットには掲載されていない物件を探してもらっていたようですが、なかなか良い物件に巡り合えなかったようです。そんな中、紹介されたのが後のdoors yamazoeとなる旧自動車整備工場でした。希望条件と異なるので、半分あきらめ状態で見に行ったようですが、ドアを開けた瞬間に、「ここにする!」と決心されたそうです。ちなみに屋号であるINtoOUT&Co.にはデザインの仕事をする上で川上から川下まで(はじめからさいごまで)お客さんに向き合って仕事がしたいという想いが込められています。

https://intoout.jp/

やぐゆぐ道具店 鈴木文貴さん

やぐゆぐ道具店の鈴木さんのご紹介。

1978年千葉県船橋市生まれ。大学卒業後、東京のインテリアデザイン会社でデザイナーとして勤務。2012年に独立し、2015年37歳の時に奈良に移住し、インテリアデザインの他、プロダクトやインスタレーション制作も行っておられます。創作時のインプットとアウトプットの質を高めるには生き方すらも変えなくてはならないという想いから奈良へ移住。地方移住に対して悠々自適の生活をイメージされる方が多いようですが、鈴木さんにとって地方への移住は、守りではなく攻めの気持ちがあったようです。クライアント数や情報量には事欠かない東京を離れ、移住を決めた理由。奈良に来ると物事の源流にたどり着けるような気持ちになると語ります。鈴木さんも移住当初は奈良の中心部に活動の拠点を構えましたが、より奈良の奥深さを求めて奈良市東部の大和高原の旧製茶工場に拠点を移されました。現在、東京の仕事もされているので、東京と奈良を行き来することがあるようです。そのような中どちらも客観的に捉えることのできる今のあり方は学びが多いと語ります。デザイン事務所が、デザイン事務所っぽくなく社会に存在するとどうなるかという実験要素も含めながら仕事をされています。やぐゆぐ道具店という少し変わった屋号の由来ですが、耳に心地の良い「やぐゆぐ」という名前は鈴木さんの生涯のパートナーが鈴木さんの印象を音で表した「オノマトペ」だそうです。どこか心が温まるエピソードです。

https://yagyug.jp/

長光宏輔×鈴木文貴

(写真左)やぐゆぐ道具店の鈴木文貴さん (写真右)doors yamazoeの長光宏輔さん

長光宏輔さんと鈴木文貴さんには多くの共通点があります。領域は違えども東京での活動の実績。現在の活動拠点が同じく大和高原。拠点となる建物が旧自動車整備工場と旧製茶工場。そしてデザインの質を高めるための移住の決断。実は東京で活躍されていた時もお二人はニアミスされていたそうです。東京でルームシェアしていた長光さんの友人が渋谷のシェアオフィスに入居していた時、長光さんは時々覗きに行っていたようです。そのシェアオフィスを鈴木さんも利用していたようで、あの広い東京で近くをすれ違っていました。この時の長光さんのご友人が地元の兵庫県加西市に戻り酒米農家を継ぐことになります。酒米農家と酒蔵がパートナーシップを組み、「一圃一酒」の酒造りに取り組み、その思いを伝える空間づくりのデザインを担当したのが鈴木文貴さんでした。そして酒米農家の友人を訪ねた長光宏輔はその空間に惚れ込むことになるのです。

https://ten-hyogo.jp/

https://yagyug.jp/ten.html

doors yamazoeの誕生

鈴木さんは奈良市東部の大和高原に居住されています。長靴を履いて農作業をしたり、地域の方々との水源掃除や草刈りが何より楽しいそうです。地方の暮らしに馴染んでいく自分を客観的に楽しむ反面、地元の住民としての意識も芽生え始めたそうです。そんな時に長光さんからデザインの依頼が舞い込みます。その時点では、長光さんの中で、この場(旧自動車整備工場)をどのように活用するか具体的なイメージはありませんでした。長光さんと鈴木さんは、この場で何ができるのか?そしてどんな場を生み出すのか?から一緒に考え始められたそうです。鈴木さんは地元の人々がどのように感じるだろうか?とイメージしながらも、地域に完全に調和するのではなく少し異質なものを作りたかったと語られます。これはもともとあるものを否定するという意味ではなく、古いものを愛しながらも、人々が自分と向き合えるような場をつくりたいという発想のようです。そして屋号となるINtoOUT&Co.にある「IN」と「OUT」から発想し、内と外、入口と出口、過去と未来などが空間のテーマとなります。お二人で試行錯誤した結果、doors yamazoeは長光さんこだわりのコーヒーと焼き菓子を提供する場、長光さんのセレクトする商品を提供する場、回転扉が可動し多様に可変する場(イベント会場やギャラリー)としてスタートします。

写真:西岡潔

今後のdoors yamazoeは

doors yamazoe のあるエリア、以前は村のセンター街的な場所であったそうで、比較的、移住者に対して寛容な地域のようです。今では気軽に声を掛けて頂いたり、地元の方と共同で農作業をしたりと、良い関係性が構築されています。また地元の方が農作業の合間に長靴でコーヒーを飲みにも来てくれることもあるそうです。山添村での存在感が増す一方で、doors yamazoeはこの場に来ると気持ちが凛とする。この場ではどこか見透かされそう。そんな場も目指されています。この取材時は陽気な季節で、鳥の声や川の音、風に揺られる森林の音がdoors yamazoe に舞い込み、この季節、この時刻、この場でしか味わえないひとときを過ごすことができました。その時々の人の状態や、季節、時間でdoors yamazoeは全く違う表情となり、何かとつながる場となりそうです。我慢の時間を超えて、doors yamazoeは新たに歩みだしました。長光さんがコーヒーを入れるカウンター。そこから見える景色も少しずつ変わりそうな気配を感じることができました。

巽浩典/デザイン賞部会